神戸地方裁判所姫路支部 昭和63年(ワ)122号 判決 1990年6月25日
原告 小林保明
右訴訟代理人弁護士 竹嶋健治
同 古殿宣敬
同 前田正次郎
竹嶋健治訴訟復代理人弁護士 田中秀雄
被告 日新工機株式会社
右代表者代表取締役 山口久一
右訴訟代理人弁護士 水田博敏
主文
一 原告が被告との雇用契約に基づく従業員たる地位にあることを確認する。
二 被告は原告に対し、昭和六二年三月以降毎月末日限り一か月金一九万三八一六円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一ないし第三項と同旨。
2 仮執行の宣言(主文第二項につき)。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、昭和二七年一一月に設立された株式会社で、金属工作機械の製造・販売を業とするものである。
2 原告は、昭和五二年三月二六日、被告との間で雇用契約を締結し、以来、機械の電気関係の設計・調整及び機械の据付等の業務に従事してきたものである。
3 しかるに、被告は、原告を昭和六二年三月二日付をもって解雇し(以下「本件解雇」という。)、原告に同月分以降の賃金の支払をしない。しかし、本件解雇は無効である。
4 原告の賃金は、毎月二〇日に締切り当月末日に支払う約束であり、昭和六一年一一月から昭和六二年一月までの平均賃金は、一九万三八一六円であった。
よって、原告は被告に対し、被告との雇用契約に基づき、原告が被告の従業員たる地位にあることの確認を求めると共に、昭和六二年三月以降毎月末日限り一か月金一九万三八一六円の割合による賃金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 同3の事実は、本件解雇が無効であるとの点は争い、その余は認める。
3 同4の事実は認める。
三 抗弁
1 整理解雇
(一) 整理解雇の必要性
(1) 被告は、専らCNC(コンピューター制御)旋盤を製造販売し、その約五八パーセントを国外に輸出し、残りを国内の自動車産業等に販売していたところ、昭和六〇年ころからの円高は、わが国の輸出に重大な影響を与え、被告もその影響を受け利益が減少した。それに加え、当時、通産省により輸出超過による貿易摩擦対策として輸出割当規制がなされ、被告の業界もその規制対象となり国外からの受注量が減少した。また、国内取引も、主な取引先である自動車産業が輸出規制の中心的な企業であったうえ、円高の影響を最も強く受けたため、自動車産業からの受注量も著しく減少した。
(2) 被告は、右不況を深刻なものと受止め、昭和六〇年ころから、残業休日出勤の制限、一般経費の二分の一削減、シカゴ・東京各事務所の規模縮小、社員寮の閉鎖、送迎用バスの廃止、役員報酬の三〇パーセント、管理職賃金の五パーセントの各カット等経費節減策をまた昭和六一年から、新規採用及び定年者再雇用の停止、嘱託制度の廃止等の人員自然減対策をも実施したが、異常な不況事態により、被告の経営は次第に悪化し、昭和六一年一〇月期の決算において、資本金の七倍を超す約六億八〇〇〇万円の欠損が生じ、人員整理をしなければ倒産は必然で、人員整理は必要やむを得ないものとなった。
(二) 人員整理の基準等
(1) 被告は、右(一)のとおり高度の経営危機に陥り、その対策として、企業規模を三分の二程度に縮小する必要があったので、昭和六二年一月初旬ころ、全従業員の約三分の一にあたる五五名の人員整理を計画し、その方法として、まず、希望退職者を募集し、希望退職者が五五名に満たない場合は指名解雇することを決定した。
(2) 右人員整理の具体的内容は、各部門ごとに三分の一ずつを減員するとともに、原告所属の技術部は全部廃止して、別法人として独立させるというものであったが、退職希望者に対してもできるかぎり他企業に雇用を依頼し、その者の生活安定を図ることとした。そして、右整理解雇対象者のうちには、「移籍先を会社が準備し、移籍条件に本人が適任と会社が判断し、移籍を勧めたが、これを拒絶した者」等を含むこととした。
(三) 人員整理の手続き
(1) 被告は、昭和六二年一月一〇日、従業員の親睦団体である共和会に対し、さらに同月一二日には、全従業員に対し会社の状況及び人員整理の必要性を説明し、同年一月一二日から同月一七日までの間、五五名の希望退職者を募集し、募集予定人員に満たない場合は同年一月二〇日に解雇する者を指名する旨を告知した。
(2) 同年一月三一日現在における希望退職者は五五名に達しなかった。
(四) 原告の解雇
(1) 原告の所属する電気課を含む技術部は、前記のとおり、これを廃止し別会社を組織する予定であったところ、昭和六二年一月中旬ころ、児島金属工業株式会社(以下「児島金属」という。)から被告に対し、電気機械の改造設計及び修理のできる者の移籍受入の申入があった。
(2) 原告は、児島金属申入にかかる電気機械の改造設計及び修理の技術を有し、被告には他にその技術を有する者はなかったから、被告は、原告を児島金属への移籍対象者に選び、同月中旬から下旬にかけて四回に亘り、原告に対し移籍先では原告の専門の仕事に就けること、通勤が今より便利であること、給与等の待遇も今と同等のものであること及び原告の嫌がる転勤のないこと等有利な条件を説明し、移籍方を説得したが、原告は移籍の意思がない旨を回答し、頑としてこれに応じなかった。
(3) 原告が前記移籍を拒否したことは、人員整理の一基準である「移籍先を会社が準備し、移籍条件に本人が適任と会社が判断し、移籍を勧めたにもかかわらず、移籍を拒否した者」に該当し、かつ、近い将来、希望退職者が五五名に達する見込もなかった。
(4) そこで被告は、前記人員整理方針に従い、原告に対し昭和六二年一月三一日、解雇の予告をなしたうえ、同年三月三日、同月二日付をもって原告を解雇した旨の意思表示をなした。
2 企業存続危殆による解雇(予備的解雇)
(一) 被告の就業規則一八条四号には、従業員が企業の存続を危殆ならしめ、又はその恐れがあると認められたときは解雇すると規定している。
(二) 被告は、前記のとおり、当時整理解雇なくしては倒産の危機が回避されない状況にあり、円滑な整理解雇の方策として他企業の協力を得て余剰人員の移籍を行っていたところ、原告は非協力的な態度に終始し、正当な理由もなく児島金属への移籍を断わり他企業の協力を無意味にするとともに、以後の協力の打ち切りをも生じかねない事態を招いた。
(三) 原告の右行為は、前記解雇事由、すなわち「企業の存続を危殆ならしめ、又はその恐れがあると認められたとき」に該当する。
(四) 被告は、昭和六二年三月三日、原告に対し、同月二日付をもって原告を右事由により解雇した旨の意思表示をなした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(整理解雇)について
(一) 同(一)の事実のうち被告が専らCNC(コンピューター制御)旋盤を製造販売していたことは認めるが、その余の事実は知らない。なお、人員整理はやむを得ないものであったとの被告の主張は争う。
(二) 同(二)の事実のうち、被告が従業員の三分の一に相当する五五名の人員整理の方針及び原告所属の技術部の廃止を決め、退職希望者に移籍のあっせんをしたことは認めるが、その余の事実は知らない。
(三) 同(三)(1) の事実は認めるが同(三)(2) の事実は知らない。
(四) 同(四)の事実のうち、被告が原告所属の技術部を廃止する予定であったこと及び被告がその主張のころ原告に対し児島金属への移籍の交渉をなし、その際、原告が移籍の意思のない旨を回答したこと並びに被告が昭和六二年三月三日に原告に対し解雇の意思表示をしたことは認め、児島金属から被告に対して移籍の申入れがあったことは知らないし、その余の事実は否認する。
2 抗弁2(企業存続危殆による解雇)について
(一) 同(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実のうち、原告が児島金属への移籍を拒否したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(三) 同(三)の事実は争う。
(四) 同(四)の事実のうち、被告がその主張の日に原告を解雇する旨の意思表示をなしたことは認める。
五 抗弁1(整理解雇)に対する、原告の主張及び再抗弁
1 主張(解雇予告の欠如)
(一) 原告は、本件解雇に関して、被告から労働基準法二〇条に基づく解雇の予告を受けていない。原告は、昭和六二年一月三一日、被告側から単に一か月後に任意退職方の勧告を受けたにすぎない。
(二) したがって、被告の本件整理解雇は、解雇予告手続を欠く違法のものであり、無効というべきである。
2 再抗弁(解雇権の濫用)
(一) およそ、企業がその従業員に対して整理解雇を実施するためには、第一に、企業が客観的に高度の経営危機にあり、解雇による人員削減が経営上必要やむを得ないこと、第二に、解雇に先立ち退職者の募集・出向配置転換その他余剰労働者吸収策を計り解雇回避のための最大限の経営上の努力を尽くしたこと、第三に、整理解雇基準の設定及びその具体的適用(被解雇者の人選)がいずれも客観的、合理性に欠けるものでないこと、第四に、経営危機の実態・人員整理の必要性及びその手続について労働組合ないし労働者に十分説明を尽くし、協議を経たことの四要件を具備する必要があり、これら四要件の一つでも欠く整理解雇は、解雇権の濫用として無効である。
(二) 本件においては、まず、当時被告が倒産必至ないし客観的に高度の経営危機にあったとは到底いえず、人員整理以外に経営危機打開策がなかったとは認められず、むしろ本件整理解雇は、円高不況を口実に生産性向上のための経営合理化対策にすぎない。
また、被告は人員整理以外経営合理化対策をほとんど実施しておらず、しかも、人員整理についても、希望退職者の募集を行ったにとどまるうえ、原告を解雇する前、希望退職者(移籍希望者を含む。)を再募集するなどの措置によって余剰労働者吸収の可能性が残されていたというべきであるから、被告が整理解雇回避措置を尽くしたとはいえない。また、本件解雇に関して被告が設定し、原告に適用した「移籍先を会社が準備し、移籍条件に本人が適任と会社が判断し、移籍を勧めたが、これを拒否した者」との解雇基準は、全く客観的合理性を欠くものであって、すなわち、ここに「移籍」とは被告を退職して他社に勤務することであるところ、本来労働者が一の会社から他の会社に移籍するか否かは全くその労働者の自由意思で決められるべきものであるにもかかわらず、右解雇基準は、移籍を労働者に強要する結果をもたらし、明らかに不合理というべきであり、しかも、原告を児島金属への移籍対象者として人選した合理的理由もなんら存在しないから、本件については整理解雇基準及び人選の合理性もない。さらに、被告は、経営危機の実態及び人員整理の必要性等について従業員とくに解雇対象者(原告)に十分納得のいくような説明をなしておらず、したがって、被告は、今回の人員整理について原告を含む従業員等に十分説明を行い協議を尽くしたともいえない。
(三) したがって、本件解雇は、前記四要件をいずれも満たしておらず、解雇権の濫用として無効である。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁(二)の事実は否認する。
本件解雇は「抗弁」で述べたとおり、整理解雇要件を具備し、解雇権を濫用したものではなく、有効である。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因について
本件請求原因事実は、本件解雇が無効である点を除き、当事者間に争いがない。
二 整理解雇について
1 そこでまず、本件解雇が被告抗弁の如く正当な人員整理に基づく解雇(整理解雇)にあたるか、それとも、原告再抗弁の如く整理解雇に名を藉りた解雇権濫用の解雇にあたるかについて考えることとする(なお、原告は、被告が本件解雇について解雇の予告を行っていない、と主張するが、右解雇予告手続が経由されたことは後記3(三)認定のとおりであるから、原告の右主張は採用できない)。
2 ところで、およそ企業が経営危機に瀕し人員整理を実施しなければ回生の見込がないような場合、企業は従業員の人員整理を行い解雇をなしうることはいうまでもないが、しかし反面、これが無制限に容認されえないことも当然であって、その濫用は許さるべきでないところ、整理解雇が正当なものであって、解雇権の濫用にあたらないものといえるかどうかは、(一)企業が客観的に高度の経営危機にあり、人員整理の一環として解雇を行わなければ企業の維持存続が困難であったかどうか、(二)企業の側で整理解雇に先立ち労働者の解雇を回避するため、できうるかぎり経営上の手段を尽くしたかどうか、(三)整理解雇対象者の選定基準およびその運用が客観的合理性に欠けていなかったかどうか、(四)企業の側が整理解雇の必要性及び解雇対象者選定の基準等について従業員の側に十分説明し、協議を尽くしたかどうか等の諸事情を総合勘案して判断するのが相当である。
3 右の点について、まず被告の抗弁について検討する。
(一) 最初に、本件解雇当時における被告の経営状態については、<証拠>を総合すれば、被告は、専らCNC(コンピューター制御)旋盤を製造し、主として自動車産業に注文販売する資本金九〇七五万円の会社であること、その国外に輸出する割合は五〇パーセントを超えていたが、昭和六〇年ころからのいわゆる円高及び通産省による貿易摩擦解消策としての輸出割当規制により輸出が次第に減少し、また、国内取引もその主要な取引先である自動車産業が右輸出割当規制の対象となり設備投資を控えたため、国内の受注量も減少してきた結果、昭和六一年一二月ころにはほとんど受注残高がなくなり、売上が激減したこと、及び、右のような不況により被告の経営は次第に悪化し、昭和六一年一〇月期の決算では、約六億八〇〇〇万円の欠損が生じたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 次に、被告の人員整理計画及びその実施については、当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すると、被告は、前記の不況打開のため企業の規模を約三分の二に縮小する必要があるものと判断し、昭和六二年一月七日、全従業員の約三分の一に相当する五五名の人員整理を行うこと、その具体策は、各部門ごとに三分の一ずつ減員し、原告の属する技術部を廃止してこれに代る別法人を創設し、かつ、人員整理はまず退職希望者を募集して行うが、既定数に達しないときは指名解雇を行うこと、なお、退職希望者にも生活安定のため再就職をあっせんする反面、在籍者について「移籍(自社を退職して他に再就職すること。以下同じ。)先を被告が準備し、移籍条件に本人が適任と被告が判断して移籍を勧めたが、これを拒絶した者」等も指名解雇の対象者に含めることを決めたこと、そして、被告は、同月九日に従業員団体である共和会へ、また同月一二日には全従業員へ、被告が経営危機にあることを説明したうえ、「不況対策として五五名の希望退職を募集し、退職希望者が五五名に達しないときは指名解雇を行う。」旨を告知したこと、被告は、同月一七日ころ、右の五五名には昭和六一年一二月一五日にアニミ工業株式会社に移籍出向した六名を含めることに改めたこと、しかし、昭和六二年一月三一日までの希望退職者は三二名であって、前記移籍出向者六名を加えても、希望退職者の予定人員五五名に達せず、今後直ぐには右予定人員を満たす状況にはなかったことが認められ、これに反する証拠はない。
(三) さらに、原告に対する人選及び指名解雇に至る経緯についてであるが、当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すると、被告は、昭和六二年一月七日決定の経営合理化、不況対策においては、原告所属の電気課を含む技術部を廃止し別法人を創設してこれに技術部の事業を引継がせる計画であったが、別法人設立等の手続に着手しないまま、同年四月、右計画を取止めることに改めたこと、一方、姫路市高尾町に本店があり、資本金三〇〇〇万円で自動車電装品の部品等の製造販売を業とし、被告とも取引上関連のあった児島金属は、同年一月二一日、被告からの従業員再就職あっせんの依頼に応じ、自社において電気機械類の設計等の技術を有する者一名を含む計六名の移籍受入を申入れたこと、これに対し、被告は、その人選を行ったところ、原告が電気課に所属し電気機械の設計・修理等の技術を有したことから、同年一月二三日、児島金属申入の前記電気機械類設計等技術者一名の移籍対象者に原告を選定したこと、そして、被告は、翌二四日から、山田彰吾総務課長が中心となり、木庭技術部課長も加わり、さらに岸本共和会会長にも依頼して、原告に対し、児島金属は姫路では中堅の会社であり、原告所属の電気課は早晩廃止の予定で児島金属への再就職は良い機会であるうえ、児島金属では優遇され不利はないこと等と説明し、前後数日間に亘り児島金属への移籍方を極力説得したこと、しかし、原告は、被告内部での人間関係の良さ等から終身被告で働きたいとの一念で、同月三〇日までの間、終始被告からの前記説得を断り続けたため、被告は、原告に対する説得は無効であり、原告が前示指名解雇の条件である「移籍先を被告が準備し、移籍条件に本人(原告)が適任と被告が判断して移籍を勧告したが拒絶した者」に該当すると考え、同月三一日、山田彰吾総務課長を介して原告に対し、「原告を解雇することにした。向う一か月間は出勤に及ばず、予告手当を支給するから、その間、再就職先を鋭意探索すること」といって解雇の予告をなしたこと、しかし、原告はその後も出勤し続けたので、被告は、同年二月七日、原告を総務課に配置換し、さらに満一か月を経過した同年三月二日、原告を解雇することを決定し、翌三日、原告に対し解雇の意思表示をなしたこと、以上の各事実が認められ、これに反する原告本人尋問の結果は、にわかに措信できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(四) 右各認定のところ、すなわち、被告を含む自動車産業界の経営不振とこれに伴う被告の経営危機発生、経営危機回避のための人員整理の必要性並びに原告人選に至る経緯などの点からみると、被告の原告に対する本件整理解雇は、一応納得できるものがなくもないが、しかし、(後記4でさらに検討するとおり)被告主張の経営危機に伴う人員整理の回避措置及び原告に対する整理解雇の時機等の点に関しては、必ずしも納得しうる事実関係等を認め難いうえに、被告の経営危機の深刻度や人員整理の必要程度等についても、関係証拠を精査するときなお疑問が多々残り、結局、原告に対する本件解雇の客観的合理性は、にわかに認め難いところである。
4 そこで、右3(四)掲記の各問題点について、原告の再抗弁にそいつつ、更に検討することとする。
(一) まず、被告の経営危機の実態と本件人員整理の必要程度等との関係について考察するに、前記3(一)認定の事実に、<証拠>を総合して認められる被告の昭和六〇年度の売上高が約三〇億円、昭和六一年度の売上高が約二八億円にすぎないところ、被告は、昭和六一年一一月ころには資金繰りが極めて悪化し、同年一二月五日以降東海銀行から総額一〇億円以上の短期緊急融資を受けたことからすると、被告は、当時相当高度の経営危機の状況にあり、他に回避措置のないかぎり人員整理もやむを得ない状況にあったと認めるべきであるが、しかし、被告は、前記認定のとおり、技術部の廃止と別会社創設を見送っていること並びに被告は、少なくとも本件の数年前まで赤字決算をしたこともなければ、会社創立後本件発生まで人員整理を行ったこともなかったこと(この事実は、<証拠>を総合して認められる。)等からすると、被告が昭和六二年一月に至って突如その全従業員の約三分の一に相当する五五名に及ぶ大規模な人員整理を敢行する必要があったかについては、疑問の余地の存するところである(この点、被告は、<証拠>により認められる昭和六一年一〇月期の決算における人件費赤字二億四七五七万三〇〇〇円を従業員一人あたりに要する人件費四六八万六〇〇〇円で除した数値が五二・八名になることを根拠にしているものであるが、果してこのような単純な計算式が相当であるか、それ自体問題であって、特に、そこでは他に経費節減等の諸般の経営事情はなんら考慮されていないのであるから、かかる計算方法に直ちに合理性が認められるとはいえない)。
(二) 次に、被告が事前に人員整理回避のため経営上最大限の努力を尽くしたかの点について考えるに、被告が昭和六〇年あるいは昭和六一年から実施したと抗弁する経費節減策及び人員自然減対策のうち、とくに前者の経費節減策については、実際には昭和六二年に入ってから実施されており、すなわち、<証拠>を総合すれば、被告は昭和六一年四月から新規一斉採用、定年者の再雇用、嘱託制度を中止するとともに、経費の二分の一削減を目標とし、残業・休日出勤も削減する方針を打ち出したが、いずれも不徹底で、実績を伴わなかったので、同年一二月一日付けで休日出勤、残業等時間外勤務の許可制、送迎用バス及び通勤自動車補助の打切り、独身寮廃止等全経費二分の一削減を通達したが、これも直ちに徹底したわけではなく、送迎用バスの廃止及び独身寮の閉鎖は昭和六二年八月ころ、また、シカゴ、東京各事務所の縮小、役員報酬及び管理職職員の賃金カットは昭和六二年四月以降のことであったこと(なお、<証拠>中には、役員報酬等のカットが昭和六二年一月から実施されたとの部分があるが、これは<証拠>に照らしにわかに措信できない。)が認められるから、その余の点について考察するまでもなく、被告が本件の人員整理決定前に解雇回避のため経営上最大限の努力を尽くしたものとも、にわかにいい難いというべきである。
(三) 進んで、本件の人員整理の基準及びその具体的実施の客観的合理性ないし原告に対する解雇指名の時機等の妥当性について考えるに、被告の本件人員整理の一般的方針の当否はさておくとして、まず、被告は、「移籍先を会社が準備し、移籍条件に本人が適任と会社が判断し、移籍を勧めたにもかかわらず、移籍を拒否した者」を整理解雇対象者の基準に設定し、原告がこれに該当するとして本件解雇を行ったわけであるが、しかし、かかる解雇基準は、当該対象者に対し会社(被告)の就職あっせんに応じるか、又は会社(被告)を退職するかの二者択一を迫り、その就職先(移籍先)選択の自由を一方的に奪うものであって、究極的には会社(被告)が恣意的に移籍先を選択し、これがあっせんに応じなかった者を整理解雇することを容認することにもなりかねないものであって、このような解雇基準が客観的合理性を有しているとは到底いい難い。
のみならず、被告の前記人員整理方針の具体的適用についても、被告が原告に対し、昭和六二年一月三一日に解雇予告し、同年三月二日かぎり本件解雇をしなければならない必要性があったともにわかにいい難い節があり、すなわち、確かに前判示認定のところからすると、同年一月中における希望退職者は三二名であって、これに前記のアニミ工業株式会社への移籍出向者六名を加えても、同年一月三一日現在までの離職者は、被告の人員整理予定者五五名に相当数足りないが、しかし一方、<証拠>を総合すれば、被告が昭和六二年一月三一日に解雇予告したのは電気課従業員の原告と野田勝美の二名にすぎず、その後、右野田は同年二月末日に任意退職したため、結局原告のみが整理解雇になったこと、同年二月一日以降は、新たな整理解雇を実施していないこと、希望退職の募集期間は、当初、昭和六二年一月一二日から同月一七日までであったが、その後、同月二二日まで延長され、その後も退職勧奨が行われた反面、そのころ、従業員のなかには再就職先が決まらなかったり、退職するかどうか自体を迷っていた者もおり、これらの者に対し退職勧奨することによって、さらに退職者が増加することが十分予想でき、現に、同年三月二日までに野田勝美以外に五名の者が、そして同年四月二〇日までに、さらに五名の者がそれぞれ任意退職したことが認められ(右認定を覆すに足りる証拠はない)、右認定事実によれば、被告設定の希望退職募集期間を昭和六二年一月一二日に始まり、終期を一応同月三〇日までとしても、その期間は僅か二、三週間にすぎず必ずしも長いものとはいえないが、それにしても、その間に三〇有余名の者が任意退職し、前記アニミ工業株式会社への移籍出向者六名をこれに加えると、人員整理予定者数の大半(約七〇パーセント)が既に離職し、一応その目的を達成したといいうるうえ、その後も退職予定者が見込まれ、同年四月二〇日までに限ってみても更に一〇名(野田勝美を加えると一一名)の者が任意退職しているのであるから、被告が同年一月三一日に突如原告に対し本件解雇の予告を告知すべき行き詰まった状況にあったとは、にわかに断じ難いものがあり、むしろ、前判示のように、被告がこれまで人員整理(整理解雇)を行ったことがなかったこと、当時の経営悪化の状況も一時を争う極端なものではなく、事前に採った経費削減策等もそれ程徹底したものではなかったことをも合せ考えると、被告は、今少しく時間をかけ鋭意退職勧奨等を実行することにより整理解雇の実行を十分回避できたものといわざるをえない。
なおまた、被告の再就職先(移籍先)あっせん状況について原告の関係した児島金属の場合につき考えてみるに、<証拠>を総合すれば、昭和六二年一月当時、被告の電気課には一二名の従業員が在籍していたこと(内一名は海外に出張中)、同月二一日に児島金属から被告に対する六名の従業員移籍受諾方申入のうち電気関係一名移籍受諾の具体的条件は、電算機器の電気管理能力及びプレス機械の改造設計能力があり、かつ、緊急時に自宅からすぐに出勤できるものであるが、その具体的な人選は被告に一任されていたこと、右条件の適合度については、原告とその他の電気課の従業員との間には大差はなかったこと、しかるに、被告は、電気課員のうち原告のほか横田伸彦、道家裕和、渡辺和則の三名に対象者を絞り、しかし右三名については、単に児島金属へ移籍方の意向打診を行ったに止まり、ただ一人原告についてのみ、強硬に移籍を勧め本件解雇にまで発展したが、右三名の者は引き続き被告に勤務していることが認められ(証人山田彰吾の証言中、右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に右認定に反する証拠はない)、右認定事実からすると、被告は、児島金属への移籍交渉を行っていた際は、いまだ十分な希望退職者がなく、鋭意、一人でも多くの人員削減を計りたい時期であったのに、原告以外の電気課員については十分な意向打診ないし説得を行わず、ただ、原告にのみ的を絞り、原告とその他の電気課員との利害衡量を計ることもなく、原告に対し強力に移籍勧告を続け本件解雇に及んだ反面、右三名の者を漫然在籍させているのであって、このことは、前顕整理解雇基準の具体的運用、とくに原告の人選について公平を欠き、かつ客観的合理性がないものといわざるを得ない。
(四) 以上認定説示のところをかれこれ総合勘案すると、当時、被告の経営悪化により人員整理の必要性があったとしても、被告抗弁の如き大規模な人員削減を敢行すべき必要性があったかについては疑問があるうえ、その人員整理計画前、被告が人員整理回避措置を講じたことを窺えないではないが、全くその徹底を欠き、経営上最大限の努力を尽くしたとは毛頭いい難いものがあるし、本件整理解雇基準の選定及びその具体的適用、とくに原告に対する人選手続等についても問題点が多く、客観的合理性に欠くるものがあるから、本件人員整理について被告の行った従業員等に対する説明及び協議の状況について判断するまでもなく、原告に対する本件解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効であって、原告の前記再抗弁は理由があるというべきである。
三 企業存続危殆による解雇について
1 被告の就職規則一八条四号には、「従業員が企業の存続を危殆ならしめ、又はその恐れがあると認められたときは解雇できる」と規定されていることは当事者間に争いがないところ、被告は、原告が被告の協力企業からの移籍申入を拒否し、その協力を無意味にしたことは右にいう企業存続の危殆行為にあたる、と抗弁している。
2 しかしながら、右に「企業の存続を危殆ならしめ、又はその恐れがある」場合とは、その文言上からも明らかなとおり、他企業との関係では、自企業がその存続に重大な影響を与える程度に相手方他企業との間の信頼関係を破壊するような行為を従業員が行ったことを指すものというべきところ、本件においては、単に、原告は被告の移籍要請を断ったにすぎないし、しかも前判示の如く移籍対象者の人選は被告に一任され、かつ、その人選は(とくに誰が断ったか否か)は被告の内部処理事項に留まり、直ちに相手方企業に消長を及ぼすものでないのみならず、被告の相手方他企業たる児島金属との間に経営上密接不可離な関係等があったともにわかになし難いものがある(これを肯定する立証がない。)から、原告に対する企業存続危殆による解雇もまた無効であって、被告の右抗弁も採用することができない。
四 以上のとおり、原告は依然として被告の従業員であるというべきであるから、被告に対しその従業員たる地位の確認及び昭和六二年三月以降毎月末日限り一か月金一九万三八一六円の割合による平均賃金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 松永眞明 裁判官 村田健二)